2007年01月22日

島田洋子「てなもんやシェイクスピア」

てなもんやシェイクスピア
てなもんやシェイクスピア島村 洋子

おすすめ平均
stars大阪発シェークスピア

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シェイクスピアというと、紳士の国イギリス生まれというだけでなんとなく近寄りがたく高尚に感じてしまう。
だけど、その作品の内容はかなりドロドロ、昼ドラ顔負けといっても過言じゃない。

そのドロドロな部分が、というわけではないのだが、庶民的な部分がピッタリと合う。
気取っていない大阪弁と。
しかも登場人物の名前をムリヤリ漢字でつけたり・・・遊び心たっぷりです。
posted by 参 at 21:20| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久世光彦「蕭々館日録」

蕭々館日録
蕭々館日録久世 光彦

おすすめ平均
stars夢見るような懐かしさ
stars甘い甘い風が吹く
stars気持ちいい

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これをファンタジーとして読むか否かで感想は違うと思う。

舞台はイマイチ売れない小説家の家庭。
5歳の女の子の目を通して、この家「蕭々館」にやってくる作家や文化人との日常が描かれていく。

のだけど〜。

ファンタジーとして読まなかった私は、主人公の5歳の女の子の言動ひとつひとつに最初は突っ込みを入れ、だんだん鬱陶しくなってきてしまって。
そうなると、お隣の賢い男の子が登場してきた辺りでもう、耐えられない状態になってしまいました。

ファンタジーとして読めば、柔らかで甘くて隠微で・・・と感じられるの・・・かもしれません。
でもどうしても私にはそう読めなかった。
好みの問題でしょうかね〜。
posted by 参 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

鷺沢萠「スタイリッシュキッズ」

スタイリッシュ・キッズ
スタイリッシュ・キッズ鷺沢 萠

河出書房新社 1993-11
売り上げランキング : 38237

おすすめ平均 star
star訳も分からず読みふけったものです
star作者の瑞々しい感性が光るが、物足りなさも・・・
star"I miss you"とはどういうことか

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最近、歴史モノや男性作家の作品を読むことが多かったので、現代女流作家の小説を久々に読んだ。
このジャンル・・・女流作家が若者の現代を描く・・・は、少しだけ苦手かもしれない。
何も考えずに読める、読みやすい小説だと私は思うのだが、この読みやすさゆえに、正直に白状すると
「誰にでも書けるんじゃない?」
という気持ちに繋がり、物足りなさを感じてしまう。
それは、このジャンルのどの作品にも感じることだ。

私は学生時代、古文より漢文が好きな女子だった。
教育実習に行き母校で国語を教えたとき、担当教諭が
「女子は古文が好き、男子は漢文が好き」
と言ったのを聞いて、なるほどそれはそうかも、と思ったものだ。
古文では、例えば「源氏物語」もそうだが、恋愛が多く描かれている。
対する漢文は、三国志をはじめとする戦国モノ、指導力と戦術に優れた男たちの物語が多い。
そうした男たちには感動して入り込めても、古文の恋愛は、ただ読んでいるだけだった私。

同時に、自分のさまざまな面における「男っぽさ」も自覚したし、それはこうした作品を軽んじてしまう好みに当てはまるのだと思う。
男性ファンも、もちろんいるだろうけど。

そんな私だが、この作品には素直に甘酸っぱい青春を感じることができた。
そう、こんな私は「素直」に認めることがなかなかできない。若さゆえの未熟な恋の駆け引きや、人生観を。
「好きだから別れる」
なんて聞くと、「ケッ」と思ってしまう「あまのじゃく子さん」なのだ。
だがそれがすんなりと気持ちに入り、胸を締め付けられるようなもどかしさを感じた。

好みにとらわれず、どんな作品でも読んでみるものだ。
好みを変えてしまうほどではなかったが、好感を持った作品だった。

posted by 参 at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

佐木隆三「復讐するは我にあり」

復讐するは我にあり 上 (1)


復讐するは我にあり 下 (2)    講談社文庫 さ 7-2



文章を書くのは好きだが、タイトルをつけるのがどうも苦手だ。
これは文章を書く場合、かなり致命的だと年々思う。
仕事をしていたときから、この自分の弱点には気づいていたが、
いろんな作家の本を読むとその巧みさに舌を巻く。
このタイトルはその最たるものではないだろうか。

「復讐するは我にあり」

いかにも読みたくなる。
何?どういう意味?
とも思うし、このタイトルの持つ、なんとなくハードで暗くて鋭い感じに引き込まれる。

国語便覧好きの私としては、直木賞受賞作タイトルの中でもこの作品は特に気になる作品だった。
一覧の中で特に目を引いた。
そんなこんなで10年以上たって、ようやく読むことになったわけ。

事件は北九州市で起きる。私の故郷であり、佐木隆三さんが今住んでいる場所でもある。
それは知っていたので、親近感は最初からあったのだが、とにかく方言が今ではもう使われていないほどキツく、そのことが人物にリアリティと躍動感を持たしている。
方言を始め、地域性の色濃く出ている描写は、サスペンスの場合それだけで「怖く、そして悲しい」と感じる時がある。
横溝正史や坂東眞砂子を読むと感じる時がある。
まさにそれ。

その下敷きの上に踊る主人公。
追う警官が人々から話を聞き、主人公のさまざまな面が浮き彫りにされていくが、何より彼自身の大胆不敵な行動が最もその性格を描き出していく。
そしてこの犯人の行動、あまりに大胆すぎて、次第にどこかおかしく思えてくる。
犯人に対する嫌悪と興味。
ないまぜになった感情のまま一気に読ませていく。

いろんなところで書いたが、佐木さんとは料理屋さんで遭遇した事がある。
お酒を飲んで真っ赤になって、本人とは一目で分からないぐらい陽気なオジサンだった。
あの赤ら顔とは結びつかないが、非常に鋭い小説であると同時に、土臭く、悲しく・・・私が東野圭吾作品を読んで感じる感覚に似ているかもしれないと思った。

「復讐するは我にあり」とは聖書の中の一説。
巧みな引用に、ただただ感心。

posted by 参 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐木隆三 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澤田ふじ子「聖護院の仇討―足引き寺閻魔」

聖護院の仇討―足引き寺閻魔帳
聖護院の仇討―足引き寺閻魔帳



市井を生きる人々の息遣いが聞えるような・・・時代小説はどれも決まって潔く、チャキチャキして、胸がスッとする・・・と思うのは私だけだろうか。
一番に思いつくのは藤沢周平や池波正太郎といった顔ぶれだが、澤田ふじ子さんを知らなかったのは不覚といえるだろう。
まだまだ私が知らないだけの有名な作家が世の中にはたくさんいるんだなぁと思うと、この「図書館を読みつくせ」を始めた意味が私の中で再確認されて、なんか嬉しくなる。
嬉しくなってる場合じゃないが。ヘンですね。

さて、この「足引き寺」の活躍はシリーズになっています。
「足引き」とは陰で暴利をむさぼったり、人を欺いて陥れたり、表立っては捕らえられない「悪いヤツ」の「足をひっぱる」という意味。
京都の人々の間でまことしやかに囁かれる「足引き寺」。
恨みを晴らして欲しいとその存在を探して願うもの、足引きの仲間が伝え聞いたもの、事件は次々と起こる・・・というより、暮らしの中に数え切れぬほど落ちていて、それを人情味豊かな仲間たちが解決、成敗していきます。

女性作家だからか、アッサリ、サッパリ、チャキチャキ・・・というよりも、情に厚い部分が多く感じました。
単にスパッと読みきりたいときには少しうっとおしく感じるかもしれないけれど、人間味に溢れて、ついつい読み込んでしまいます。

個人的には、よく「男っぽい」と言われる性格からくるのか、
もっとドライな時代小説のほうが好きですが、これまでこうしたジャンルを避けていた女性にはぜひお薦めしたい。
時代小説はおじさんのためだけのものではないのです。
「足引き寺」シリーズは他作品も読んでみたいと思います。
posted by 参 at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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